【水晶橋】美しきトイレ。

昭和4年から昭和57年まで、水晶橋は「堂島川可動堰」と呼ばれていた。
そう、橋ではなく、ラジアルゲートを備えた堰だったのである。

本当のところは、水門ということを隠したかったのではないか。
と思うことがある。

堂島川可動堰は大正から昭和にかけて、汚れていた川をどうにかしようと導入された。
しかし、汚いものをきれいにしてくれるものたちは、気の毒なことに汚いものと勘違いされやすい。
ゴミ箱も、トイレも、そのものが汚いのではないのに、間違いなく損をしている。
汚いのはゴミや糞尿である。
この可動堰も同じく損をしそうになっていたのではないだろうか。
損をさせないためなのかどうか、私にはわからないが、周辺の大江橋、淀屋橋、中央公会堂、日銀など中之島自慢の景観に合わせて、可動堰も操作室も大変重厚で、美しいものとされた。
歩道としての機能も有しており、完成当時から多くの人がスケッチをしたり、写真に収めたり、現在に至っても抜群の人気を誇っている。

現在その機能は失われているが、可動堰についての説明をしておこう。
満潮時にゲートを下ろし、水をためておく。
ちょうどトイレのタンクのような状態だ。
そして干潮時に堰を開放し、川の流れを一気に速めて汚れを流してしまう。
当時は毎日運転されていたようだが、その姿は今の美しい姿とは一味違って、
とてもかっこよかったはずである。

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